自立とは、助けを得られる先を増やすこと♪

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「自立とは、依存先を増やすこと。」を言い換えてみる

小児科医の熊谷晋一郎さんのこの記事(★)に触れ、たくさんの依存先があれば、どれに依存するかを自分で選べる。この”自ら選べる状態”であることが、どれほど自分自身の、”生きる”を支えているのだろう、と思っています。

「依存先」というと、もしかしたら「依存症」という言葉の認知から、何かに頼りきってしまう、依存する側と依存される側で何か上下関係があるような、「弱さ」というようなイメージが先行してしまい、ちょっとニュアンスがずれてしまうような気がするので…

ここではあえて、「自立とは、助けを得られる先を増やすこと。」と書きたいと思っていて。

自立=依存先を増やす=助けを得られる先を増やす、こと

自立って、自分一人の世界から、心の安全基地を頼りに、依存先を増やしていく。言い換えると、助けを得られる先を増やしていくって考えると、いろいろな関係性を広く持てるようになるのではないかなあと思います。

たとえば、家庭の中で、母親がいないと家事が回らない状態って、他の家族が母親以外の依存先=助けを得られる先=選択肢 をうまく開拓できてないということ、

たとえば、辛くて嫌でしょうがない仕事だけど、この仕事を辞めてしまったらお先真っ暗…というのは、今の仕事以外の依存先=助けを得られる先=選択肢 を開拓できてないということ。

もしも他の依存先(=助けを得られる先)がいくつもあったら、母親が家事をできなくても、代わりにやってくれる人(または方法)を探すことで、家事のすべてを母親に依存しなくてもいいし、すぐに転職ができなくても、貯蓄とか資産とか、一定期間だけでも助けてくれる人がいれば、そこから助けを得て、無理をしてまで働かなくてもいいかもしれない。

逆も然りで、自分一人で何かの役割依存を克服しなくても、たくさんの役割を引き受けていれば、一つぐらいその役割を誰かに渡しても、自分という軸ってそんなに簡単に揺らがなかったりします。

依存先(=助けを得られる先) と 心の安全基地 を開拓する♪

なので、「依存先」を開拓する、「助けを得られる先」を開拓する、って自立のうえではすごく大切な開拓ではないでしょうか。

その開拓を、うまくできる人とできない人がもしいるとしたら…

その違いって、心の安全基地を持ちながらの開拓なのかそうではないか、違いだと私は考えていて。開拓に失敗したときに、元に戻れる安心安全な場があることって大きな差です。

もしも、そんな安心安全な場がないと感じていたら…
まずは”心の安全基地”を開拓してみませんか?

今日も 肩の力をぬいてリラックスして♪
心の土台に愛着を♪

 

 

 

 

 

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