弱みを見せられるって本当は楽

弱みを見せられるって本当は楽

弱みを見せられるって本当は楽

私は愛育Lab.でカウンセリングやセラピーをしているので、自分の相談ごとや悩み事を話したりすると、「えー、悩み事なんてあるんですか?」とか、「迷ったり、悩んだりすることはまだあるの?」と言われたりします。答えは、「もちろん」です。

それは目指しているものが、悩みがまったくない、強みだけで生きていく、問題をすっかり解決した人になることではなく…

弱い部分や嫌な部分、隠してきた部分や隠したい部分も受け入れられる人、だからなんです。「防衛をはずしたときに、真の平和が訪れる」という言葉を教わったことがありますが、自分の弱味を見せないように防衛しているときは、どうしてもどこか無理があるし、疲れちゃうんです。

たとえば、

「実はこんなことで悩んでてね、結構苦しいんだよね…」と、相手の反応や思いなどを考えずに今の自分の思いについて話ができたとき、体と心の緊張がとても緩むんですね。

そして、そのほうが楽になる近道だと思っています。

気をつけたいことは、受け入れた”ふり”ではなく、真に受け入れることができたら、ということ。

受け入れた”ふり”は、やっぱり自分を抑圧しているので、開きなおりになりがちです。何より、当の本人が深い部分ではまったく楽になっていないので、やっぱりどこかで苦しさを感じていると思うのです。

あと自分の弱み見せないように頑張ったり、隠したり、受け入れないままでいると、弱みを隠してくれる自分以外の誰かを探したりします。これは”ポジティブ投影”と言われています。

ボジティブな投影とは…

「ポジティブ投影」とは、自分の弱みだと思う部分、足りないと思う部分、欲しいと願っている部分、大事にできなかった部分を持っている他人の中に見つけ出し、それを見つけ出した相手に対し、憧れや尊敬の念などを抱き、魅力的だと感じる思い、感情です。

逆に、自分の嫌だと思っている部分を他人に見ることで、その相手を嫌いになったり、イライラしたり、腹ただしくなるなどの思いや感情、感覚を持つことが「ネガティブ投影」です。

ポジティブな投影もネガティブな投影も、それ自体は私も含め誰にでもあるものですが、その度合いが強ければ強いほど、結構大変です。

ポジティブ投影は度合いが強すぎると、相手に対し過度に執着してしまうとか、妬みや嫉妬に転がるんですね。ネガティブ投影の場合は、批判や否定につながってしまいます。

でも…そもそもなぜ自分のことが受け入れられないのでしょうか。

なぜ自分が受け入れられないのか

理由はいくつかありますが、基本的には自分に対してたくさんの批判があるから。自分で自分をバッシングしているんですね。

たとえば… 仕事ができない、はっきり物を言い過ぎる、年がいっている、部屋が片付けられない、料理が下手だetc… もしくは、過去に悪いことをした、人を傷つけた、ウソをついた、といったようなこともあるかもしれません。

でもでも!

自己批判や自己バッシングをいつまで、どこまで続けるかどうかは自分で決められます。なぜかなら、バッシングしているのは他ならぬ自分なんですね。

なので、やっぱり目指したいのは、弱い部分や嫌な部分を受け入れられる人。

「そんなところがあるなー」「そんな部分もあるよねー」「こんなダメな自分もいるよね」とまずは自分から話してみるのも、結構緩みが出て楽になれるので、おススメです★

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