心配エネルギー<信じるエネルギー

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心配エネルギー<信じるエネルギー

唐突ですが、相手を自分の意のままにただコントロールする、と考えたとき、人はどんな方法を取ると思いますか。

手っ取り早いやり方はおそらく、”恐怖を与えて支配する” or ”不安を与えて依存させる”だと思うんです。子どもの教育でも同じ方法を使っていることって結構あると思うんですね。

たとえば、学校の先生が大人数の生徒を手っ取り早く管理して言うことを聞かせ、コントロールするために、暴力や脅し、恫喝、権威など、子どもたちよりより大きなパワーを持っていることを振りかざし、とにかく”怖い存在”になること。逆らえば何をされるか分からないという恐怖で黙らせる、言うことを聞かせる。

もしくは、より知見や知識が自分の方があるのだということをかさにし、権力や特権などを持ち出し、子どもたちを無力化していき、この人に従っていれば自分は得ができる、メリットがあるような状況や状態を作るあげることで、”依存される存在”になること。

こういったやり方で形成された人間関係は、支配と服従というパワーバランスが崩れれば、あっという間に崩壊していきます。学級崩壊や家庭内での子どもの暴力や引きこもりなどはこういった問題が背景にあるのではないかと思っています。

そういう恐怖や依存で相手をコントロールする場合、当事者になぜそうするのかと問うと、「心配だから」という言葉がよく返ってきます。

「心配だから、問題が起きてからでは遅いと思った」
「心配だし、あなたのためを思って…」
「心配だし、良かれと思ってやった」

ちょっと話はそれますが、私の母も割とそのパターンでした。でも大人になり、なぜ母がそうだったのかが分かったんですね。

父は超がつくほどの短気で、怒りの抑圧が非常に強かったので、一度切れるとコントロール不能状態になるんです。たとえば、遅いとか間に合わないとか、約束どおりではない、自分の思ったとおりではない、といった類のことが起きると烈火のごとく、あたりかまわず怒鳴る、叩く、平手打ちが飛んでくる、なんていうことが本当にしょっちゅうありました。

そうすると母はどうなるかというと、父が切れないように、家の中で子どもたちに対し、常に「早く、急いで、父に怒られないように、見つからないよう、バレないように」に全神経をはりめぐらせるわけですね。

父のある種の恐怖政治で家庭内はコントロールされていて、母はそれに服従し、子どもたちを管理していくという構図。母はそうすることで子どもを守り、自分を守っていたわけです。それは本当に大変なことだっただろうなと思います。

そんなわけで、中学生くらいまで母とのやりとりはというと…

「ちゃんとやったの?」
「本当にきちんとできているの?」
「不安でしょうがないわ」
「きちんとできてなかったら怒るからね」

「まだそんなことしているの?」
「なんでもっと早くできないの?」
「だからあなたは嫌なのよ」
「次やったら許さないからね」

「ほら、またできてないじゃない?」
「なんでできないの?」
「あなたがやることはこれだから心配だって言うのよ」
「お父さんに知られたら怒られるのは私なんだからね」

このパターンが日々の生活の中で当たり前のように存在していたため、私自身にはこんな価値観、セルフイメージがインプリンティング(心理学でいうと刻印付け)されていきます。

「何でも早くやらなければいけない」
(刻印:早くできないことは悪いことなんだ)

「できなければ責められても仕方がない
(刻印:できない人のことは責めてもいいんだ)

「きちんとできないと許してもらえない」
(きちんとやらないと許されない)

「私のやることはいつも不安だ」
(=私は不安な人間だ)

結果、見事なほどこのインプリンティング(刻印付け)どおりの人間に仕上がりました。

その頃の私にとってはこのインプリンティング(刻印付け)が当然であり、守られるべき価値やルールであり、もっと言うとみんなも自分と同じはずだ、と当たり前のように思っていました。その価値観、ルールでたくさんの人たちと接してきました。結果、人間関係はほぼうまくいきませんでした。。。(ずーん涙)

でもあるとき、相当むちゃくちゃだった私に「あなたは何もしなくてもいい。ここに居るだけでいいんですよ」「信じてましたよ」

そう言ってくれた方がいました。当時の私にとってはインプリンティングとは真逆のことを言われるわけなので、天変地異が起きたくらいの衝撃なわけです…(大げさではありません、本当です笑)そして、初めて分かったんですね。

「私が今まで生きてきた世界は何だったの〜!?」
「無条件に信じてもらえるってなんて安心するんだろう」
「心配されるより、ただ信じてほしかったんだ!」

相手への「心配」は自分の不安で、相手の不安ではない

心配のエネルギーというのは時として非常に厄介なもので、心配するだけの愛情があることはもちろん悪いことではないのですが、心配のエネルギーを相手に向けた瞬間、相手からしてみると他の作用の方が強力に働いてしまいます。それが「不安」なんです。

「また失敗するんじゃないか」
「何か問題を起こすのではないかetc…」

という不安な自分の思いを相手側に押し付けていることにもなります。

親から先に自分(子ども)の未来を不安がられてしまえば、子どもが自信をもって未来にむかうことは難しくなります。

もし親の心配(親の不安)の中で育った方は、

「心配するんじゃなくて、私を信じて」

そうイメージの中だけでもいいので親に向かって言ってみてほしいと思います。たとえイメージの中であっても、そう言ってみることで、自分の心にその言葉が届いてきますよ。


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