自分が受けいれてもらえると思えないとき

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自分が受けいれてもらえると思えないとき

「受け入れられない」という信じ込み

愛着不安を常に抱えている
愛着回避によって守っている

不安も回避もどちらの愛着障害にも
共通している自分と他者の関係性に対する
ある思い

それは、
「自分が他人から無条件に受け入れてもらえる」
ことを信じることができない、という思い

「人から自分は受けいれられる」
と信じられないときってすごく苦しいと思うんです。

存在をまるごと認められる体験の少なさ

例えば、こんなふうに思っていたとしたら、それはあなたの存在をまるごと認められる体験の圧倒的な少さが原因です。

「誰かに愛してもらえるわけがない」
「自分なんて嫌われても当然」
「自分はこの程度でしか生きられない」
「ひとりぼっちでも仕方がない」

「受け入れられることを信じられない」というのは、本当は自分の価値を肯定してほしい、自分の存在を認めてほしいという、裏返しの心の叫びです。

そこには、「自分は愛されない」という自分に対する愛着の傷があるのかもしれません。

自分の存在や価値を丸ごと肯定されるという体験は、安定した愛着を形成し、自分に対する愛着も自然と持てるようになりますが、否定される体験の多さは、回避的であったり、不安定な愛着を形成し、自分をそのまま愛することができず、結果、その思いが自分は受け入れられないという思いにつながってしまうのです。

本当はいつだってあなたは受け入れられる存在

無条件の肯定や受容は、それが純粋なものであればあるほど、深いレベルで愛着の傷を癒してくれます。愛着の傷を癒していくことこそ、どんなときでも自分は受け入れられる存在だという愛着を育てる最大の秘訣だと思っています。

自分を丸ごと受けとめる場所を自分の中に作ろう

それには、自分を丸ごと受けとめる場所を自分の中につくること。自分の身に起きてきたたくさんの辛い出来事を語り尽くせる場所をつくること。

傷が深ければ深いほど、傷を与えられた期間が長ければ長いほど、もしかしたら時間がかかるかもしれないけれど、自由にあなたの思いや感情を語り尽くせること、表現することを自分の中で許したとき、抑圧してきた、我慢してきた感情を解放することができるかもしれません。

自分への愛着を感じることは、あなたの原点を取り戻し、信じられる世界への一歩が踏み出せる原動力になると思います。

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