本当の優しさ

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今日は、22歳という若さで自殺した学生時代にとてもお世話になった先輩の命日です。

アルバイト先のリーダーだったその先輩は、いつも元気で豪快で明るくて、本当に優しい先輩でした。私が失敗したり、トラブルを起こした時は、自分の責任だと代わりに頭を下げてくれる人でした。私が私らしくないことをすれば、親以上に本気で叱ってくれ、最後には「あなたはすごいんだから自分の力をなめちゃいけないよ」と言ってくれた人でした。

そんな先輩の自殺を知ったとき、悲しみと悔しさと何も聞いてあげられなかったという後悔と自責の念でいっぱいでした。しばらくの間、何も感じない時間を過ごした記憶が残っています。

大切な人との離別や死別における悲しみ苦しみは、言葉による励ましなんかでは乗り越えられない人生の闇となることがあります。優しい言葉も慰めも何の意味もなさず、むしろ虚しさや喪失感を助長させるだけとなり、哀しみ途方にくれる日々を過ごすことしか出来ないと、私自身の経験上から感じています。

心理学者ロジャーズ博士は、このような悲しみですらをも「ありのまま受け入れる」ことを重要視しました。悲しみ、怒り、その人にあるすべての感情、今そこに「ある感情」を受容するということです。

感情を抑えつけることで神経症になると言ったフロイトは、「出すことは捨てること」だと考えました。フロイトの精神分析はすべて「はきださせる」ところからスタートします。

なぜでしょうか。

拒食症で苦しんでいる人がいたとします。拒食症になってしまう時というのは、何かや誰かに強烈な「憎しみ」という感情をもっている時です。そして、その強烈な「憎しみ」という感情を、受容せず、はきだすこともできず、その代わり「食べた物を吐く」という行為にその憎しみを転化してしまいます。

その結果、心の中にある憎しみという感情に蓋をしてしまうので、憎しみという感情を乗り越えることができないまま苦しみ続けます。

このように、自分の中にある感情が辛すぎた時、その感情を受け入れることもはきだすこともできず、何か別の行為(拒食症や過食症、タバコやアルコールなどの依存症)によって、その感情を転化したり、すりかえてしまうことがあるのです。

もしも、あなたの周りに同じような苦しみを抱えている人がいたら…

ロジャーズ博士は、想像を越えた魂の痛みに対して、一緒に過ごすことが大切だと言っています。それを「共感」とあらわしています。

現実の世界には、言葉をも拒絶される、優しさやヒューマニティも吹き飛んでしまう悲惨な出来事があり、そのどうしようもない現実に向き合わなければならない時があります。それは、理論でも言論でも救えない厳しい現実を見据え、耐えて待つと言う「沈黙の重要性」が必要な時でもあります。

その沈黙の重要性を理解し、共感をもって長い目で見守りながら一緒に過ごすことやその覚悟をもつこと、それが「本当の優しさ」となる時があることを知ってほしいと思います。

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